松山地方裁判所 昭和62年(行ウ)8号 判決 1990年9月27日
原告 乙山花子、乙花子こと 甲野花子
右訴訟代理人弁護士 白川好晴
同 松本宏
被告 国
右代表者法務大臣 長谷川信
右指定代理人 深川正夫
被告 宇和島市
右代表者市長 柴田勲
<ほか一名>
右被告三名指定代理人 石井宏治
<ほか五名>
右被告宇和島市長指定代理人 上月晶
右被告宇和島市及び被告宇和島市長訴訟代理人弁護士 岡原宏彰
主文
一 被告国に対する国籍確認の訴え並びに被告宇和島市長に対する外国人登録原票への登録の無効確認の訴えをいずれも却下する。
二 被告国及び被告宇和島市に対する各国家賠償の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
1 原告と被告国との間において、原告が日本国籍を有することを確認する。
2 原告と被告宇和島市長との間において、被告宇和島市長がした原告に係る外国人登録番号⑭第七三五九七九四号の外国人登録原票への登録が無効であることを確認する。
3 被告国は、原告に対し、金三〇万円及びこれに対する昭和六三年二月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
4 被告宇和島市は、原告に対し、金三〇万円及びこれに対する昭和六二年八月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
5 訴訟費用は被告らの負担とする。
二 被告国
(本案前の答弁)
1 被告国に対する訴えをいずれも却下する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
(本案に対する答弁)
1 被告国に対する国家賠償の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
三 被告宇和島市長
(本案前の答弁)
1 被告宇和島市長に対する訴えを却下する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
四 被告宇和島市
(本案前の答弁)
1 被告宇和島市に対する訴えを却下する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
(本案に対する答弁)
1 被告宇和島市に対する請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は日本国籍を有する者である。
2 被告国は、原告が日本国籍を有することを争う。
3 外国人登録原票への登録の無効
(一) 被告宇和島市長は、原告につき外国人登録原票に国籍を朝鮮、氏名を乙花子(昭和六〇年八月五日の外国人登録原票の登録事項の確認後の登録番号は⑭第七三五九七九四号)と登録した。
(二) しかし、右登録には重大かつ明白な瑕疵があるから、無効である。
4 被告宇和島市長の不法行為
(一) 被告宇和島市長は、故意又は過失により、原告に対し昭和二三年五月二五日以降約四〇年間にわたって外国人登録法(昭和二七年四月二七日以前は外国人登録令)に基づき本来すべき義務のない外国人登録原票への登録及び登録事項の確認の各申請をさせ、また外国人登録証明書を携帯させるなど違法に精神的苦痛を被らせた。この精神的苦痛に対する慰謝料としては三〇万円が相当である。
(二) 被告宇和島市は、被告宇和島市長の俸給等の費用負担者である。
(三) 被告宇和島市長は被告国の機関委任事務として外国人登録事務を行っていたから、被告国は被告宇和島市長が右事務を行うにつき監督者となる。
よって、原告は、被告国との間において原告が日本国籍を有すること及び被告宇和島市長との間において前記外国人登録原票への登録が無効であることのいずれも確認を、また被告国及び被告宇和島市に対し国家賠償法一条に基づき損害賠償としてそれぞれ金三〇万円及びそれに対する不法行為の日の後である被告国については昭和六三年二月一〇日から、被告宇和島市については昭和六二年八月一四日からいずれも支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する認否等
(本案前の抗弁)
1 国籍確認の請求について(被告国)
原告の被告国に対する国籍確認の請求は行政事件訴訟法四条後段所定の公法上の法律関係に関する訴訟であるから、行政事件訴訟法に規定のない事項については民事訴訟法の例による(行政事件訴訟法七条)。ところで、行政事件訴訟法は確認訴訟の訴えの利益に関しては何らの規定を設けていないから、右に関しては民事訴訟法の考え方がそのまま適用されることになる。そして、確認訴訟は、民事訴訟法上、一般に原告の権利又は法律上の地位に危険、不安が現存し、かつその危険、不安を除去する方法として原被告間にその請求について判決することが有効かつ適切である場合に認められるものである。しかし、後記のとおり被告国は原告が日本国籍を有することを争わず、昭和六三年一月二二日職権で原告の戸籍を回復しているから、原告の被告国に対する国籍確認の請求の訴訟物である公法上の法律関係の存在については当事者間に争いがない。したがって、右請求は確認の利益を欠くから、これを却下すべきである。
2 外国人登録原票への登録の無効確認の請求について(被告宇和島市長)
(一) 外国人登録原票に登録する行為は、「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」とはいえないから、原告の被告宇和島市長に対する外国人登録原票への登録の無効確認の請求を不適法なものとして却下すべきである。すなわち、行政庁の行為が無効確認訴訟の対象となるためにはその行為が「処分その他公権力の行使に当たる行為」(行政処分)に該当するものでなければならない(行政事件訴訟法三条四項、二項)。そして、右行政処分とは、公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為のうち、その行為によって直接国民の権利ないし義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものである。ところで、外国人登録原票への登録は、日本国内に存留する外国人の居住関係、身分関係を明確にし、もって在留外国人の公正な管理に資することを目的として実施されているものであって、これにより登録の対象とされた者について、国籍等の身分関係ないし権利・義務関係が形成され又はその範囲が確定されたりするようなことはない。したがって、外国人登録原票に登録する行為に行政処分性を認めることはできない。
(二) 被告宇和島市長は、昭和六三年一月二五日原告に係る外国人登録原票の無効措置を行っているから、原告の被告宇和島市長に対する外国人登録原票への登録の無効確認の請求は、確認の対象を失い、訴えの利益を欠くので、不適法として却下すべきである。
3 国家賠償の請求について(被告国及び被告宇和島市)
原告は、被告国に対する日本国籍及び被告宇和島市長に対する外国人登録原票への登録の無効の各確認の請求の関連請求として、被告宇和島市に対する国家賠償請求を訴え提起時から併合して提起し、また被告国に対する国家賠償の請求を追加的に併合して提起した。ところで、関連請求の併合が認められるためには、併合提起する請求が関連請求としての要件を具備しているほか、併合の基礎となる行政事件訴訟が適法なものでなければならず、併合の基礎となる行政事件訴訟が不適法であるにもかかわらず、その関連請求が併合提起された場合には、併合の基礎となる行政事件訴訟を不適法として却下するとともに、関連請求に係る訴えも却下すべきである。なぜなら、行政事件訴訟法が関連請求の併合提起を認めたのは両請求に係る訴えがそれぞれ別個に取り扱われることによって生じる審理の重複、裁判の矛盾ないし抵触を避けることにあるから、不適法な訴えに関連請求に係る訴えを併合提起することは本来許されないからである。そして、本件では前記1、2記載のとおり併合の基礎となる被告国に対する日本国籍及び被告宇和島市長に対する外国人登録原票への登録の無効の各確認の請求がいずれも不適法であるから、被告宇和島市及び被告国に対する国家賠償請求は、いずれも併合が認められるための要件を欠く不適法なものとなるので、却下すべきである。
(請求原因に対する認否)
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の事実は否認する。
3 同3(一)の事実は認め、(二)は争う。なお、被告宇和島市長が原告に係る外国人登録原票への登録を既に取り消したことは前記記載のとおりである。
4 同4(一)の事実のうち、被告宇和島市長が原告主張の外国人登録原票の登録をしたこと及び原告が外国人登録原票に登録及び登録事項の確認の各申請並びに外国人登録証明書の携帯をすべき義務がないことはいずれも認めるが、その余は否認する。
同4(二)の事実は認める。
同4(三)の事実のうち、被告宇和島市長は被告国の機関委任事務として外国人登録事務を行っていたことは認め、その余は争う。
三 本案前の抗弁に対する認否・反論
1 本案前の抗弁1(国籍確認の請求について)は争う。
(一) 原告は、大正一二年六月二八日日本国籍を有する甲野松太郎と甲野マツの子として出生した。昭和二三年五月二一日韓国籍を有する丙太郎と婚姻し、同月二五日原告は松太郎及びマツの戸籍から除籍された。ところが、丙太郎は、昭和一一年七月七日丁春子(春子)と婚姻しており、昭和二三年一一月一九日春子との間で離婚の調停が成立した。
(二) そして、原告と丙太郎との右婚姻の効力は、大韓民国民法の施行日である昭和三五年一月一日より前においては無効と解されるが、それ以後は有効と解される。すなわち、婚姻の効力に関する準拠法は、婚姻成立の準拠法たる各当事者の本国法(一国内で異法地域を形成している場合にはその地域法)に照らして、その厳格な定めをしている方による(法例一三条一項)。したがって、原告については右婚姻当時の本国法である日本国民法を適用することとなるところ、右婚姻は重婚であり、同法によれば重婚は取り消すことができるとされているから(七四四条及び七三二条)右婚姻は取り消すことができるものの、丙太郎と春子との前婚が離婚により解消した後は原告と丙太郎との婚姻は完全に有効となり、取り消すこともできなくなる。他方、丙太郎については大韓民国民法を適用することとなるところ、右婚姻当時の慣習によれば(当時同国にはまだ婚姻に関する明文の規定はなかった。)重婚は無効とされていたものである。ところが、昭和三五年一月一日に施行された大韓民国民法では重婚が婚姻の取消事由とされ(八一六条一号及び八一〇条)、同法付則により同法施行前に婚姻に取消事由があるときは同法により取り消しうるものとされているから(一八条一項)、原告と丙太郎との婚姻についても右規定が適用され、右婚姻は取り消すことができたが、丙太郎と春子との前婚の解消後は原告と丙太郎との婚姻は完全に有効となり、取り消すこともできなくなるものと解される。したがって、原告と丙太郎との右婚姻の効力は、大韓民国民法の施行日である昭和三五年一月一日より前においては、大韓民国の慣習に従い無効と解されるが、それ以後は日本国民法及び大韓民国民法の規定により有効と解される。
(三) ところで、原告は、原告と丙太郎との右婚姻が有効であるにもかかわらず、日本国籍を有するものである。すなわち、昭和二七年四月二八日発効した平和条約二条a項により、日本は朝鮮の独立を承認し、朝鮮に属すべき人の日本国籍を喪失させることとしたところ、右朝鮮に属すべき人とは日本と朝鮮との併合後において日本の国内法上朝鮮人としての法的地位をもった人であり、朝鮮戸籍令の適用を受け、朝鮮戸籍に登載されあるいはされるべき人である。そして、朝鮮人との婚姻によって朝鮮人の家に入った人は、内地戸籍から除籍されて朝鮮戸籍に登載され(共通法三条一項)、朝鮮人に対する法令が適用され、日本人に対する法令は適用されず、法律上は朝鮮人として取り扱われていた。ところで、原告は、丙太郎と婚姻し、内地の戸籍から除籍され、朝鮮戸籍に登載されるはずではあったが、前記(二)記載のとおり右平和条約発効当時は右婚姻が重婚により無効であったので、朝鮮戸籍に登載されるべきではなく、朝鮮に属すべき人であるとはいえなかったから、右平和条約の発効によっても日本国籍を喪失しなかったものである。そして、前記(二)記載のとおりその後に大韓民国民法の規定により右婚姻が有効と解されるようになっても、日本国の国籍法は親族法上の原因を国籍の得喪原因とはしておらず、右国籍法によらないで国籍の有無が左右されることはないから原告は一旦確定した日本国籍を失わないものである。
(四) ところが、原告は昭和六二年一一月一四日津島町長から戸籍の原告と丙太郎との婚姻の記載につき重婚による無効を前提として戸籍を訂正するように通知を受け、原告がこれに応じないでいたところ、昭和六三年一月二二日右婚姻の記載が婚姻無効を理由として取権消除され、同月二五日宇和島市長により原告に関する外国人登録原票の無効措置が行われたことなどからも明らかなように、被告国は、右婚姻が無効であり、これを前提として原告の日本国籍を認めているものである。そして、原告は現在検察官を被告として右婚姻の有効確認の訴えを提起しており、右訴訟が原告の勝訴となり、右婚姻が有効とされれば、被告国は直ちに原告の日本国籍を争うこととなる。したがって、原告の日本人としての地位は不安定なものであり、原告が日本国籍を有することの確認を求める利益は十分にある。
(五) 被告国の機関である被告宇和島市長が、昭和二三年五月二五日に原告を戸籍から除籍して以後外国人登録法(昭和二七年四月二七日以前は外国人登録令)に基づき、原告に対し本来すべき義務のない外国人登録申請をさせあるいは外国人登録証明書を携帯させるなどの苦痛、不便を被らせてきた経緯を考慮すれば、被告国が最近に至って原告の日本国籍を争わないと称してはいるけれども、再び過去の取扱いに復帰せしめ、原告の日本国籍を争わないとも限らないから、原告の権利又は地位に危険、不安が存するものというべきである。
2 本案前の抗弁3(国家賠償の請求について)は争う。
(一) 原告の被告国及び被告宇和島市に対する各国家賠償の請求の併合の基礎となる原告の被告国に対する国籍確認及び被告宇和島市長に対する外国人登録原票への登録の無効確認の各請求はいずれも適法であるから、これらが不適法であることを前提とする被告国及び被告宇和島市の主張は理由がない。
(二) 関連請求の併合の基礎となる行政事件訴訟が不適法であるとしても、独立の訴訟要件を備えている関連請求を却下すべきではない。そして、右各国家賠償請求は独立の訴訟要件を備えている。したがって、かりに原告の被告国に対する国籍確認及び被告宇和島市長に対する外国人登録原票への登録の無効確認の各請求がいずれも不適法であるとしても、右各国家賠償請求を却下すべきではない。
四 被告らの主張
(本案前の抗弁の認否・反論に対する再反論)
1 国籍確認の請求について(被告国)
確認の利益が認められるためには、原告の権利又は法律的地位に危険、不安が現存し、かつその現存する危険や不安を除去する方法として、原被告間にその請求について判決することが有効かつ適切であると認められることが必要であり、単に将来そのような危険や不安が生ずる可能性があるというだけでは確認の利益は認められないのである。そして、原告が主張する原告の日本人としての地位の不安定なるものは、将来原告が前記婚姻有効確認訴訟において勝訴し、かつ被告国がそれを受けて原告の日本国籍を否定するとの極めて不確実な予測を前提とするものであって、そのような将来の不安があるからといって確認の利益が認められるものではないことは明らかである。
2 国家賠償の請求について(被告国及び被告宇和島市)
最高裁判所昭和五九年三月二九日第一小法廷判決は、関連請求の要件自体を欠く事案において、併合された請求に係る訴えを却下することなく、これを取消訴訟と分離したうえ、自ら審判するか、又は事件がその管轄に属さないときはこれを管轄裁判所に移送する措置をとるのが相当というべきであるとしながら、その例外として、関連請求が取消訴訟と同一の訴訟手続内で審判されることを前提とし、専らかかる併合審判を受けることを目的としてなされたものと認められる場合には、直ちに右関連請求に係る訴えを不適法として却下すべきであると判示している。そして、原告の被告国及び被告宇和島市に対する国家賠償の請求は、原告の被告国に対する国籍確認及び被告宇和島市長に対する外国人登録原票への登録の無効確認の各請求と同一の訴訟手続内で審判されることを前提とし、専らかかる併合審判を受けることを目的として併合提起されたものであることは原告の主張から明らかである。したがって、右各国家賠償請求は、いずれにしても却下すべきである。
(請求原因に対する反論)
1 被告宇和島市長は、原告からの外国人登録原票への登録及び登録事項の確認の各申請を受理するに際し、その職務上要求される注意義務を十分に尽くしており、故意ないし過失はもちろん違法性も存しない。
2 被告宇和島市長が原告に対し外国人登録原票への登録及び登録事項の確認の各申請を強いたことは直接的にも間接的にもなく、原告が自ら進んで右申請行為を繰り返してきたにすぎない。確かに原告に係る外国人登録原票への登録及び登録事項の確認がされてきた事実は存在するが、外国人登録原票への登録及び登録事項の確認はそもそも日本国内に在留する外国人本人の申請に基づき行われるものであり、行政庁が本人の申請を待たずに職権をもって直接登録及び登録事項の確認をすることはないから、被告宇和島市長が原告の意思を無視して右登録及び登録事項の確認を行ったものでないことは明らかである。もっとも、外国人登録制度は、その該当者にその申請義務を課すことにより間接的に右各申請行為を促しているが、右申請義務を課せられるのは日本国内に在留する外国人であって、日本国籍を有する原告が右義務を負うことはないから、原告が間接的にも右登録及び登録事項の確認の申請行為を強いられることはなかったものである。また、被告宇和島市長は、外国人登録法が外国人登録原票への登録を既に行っている外国人に対して義務づけている五年ごとの(昭和五七年の改正前は三年ごと)登録事項の確認申請手続を失念することのないように注意を喚起するため、切替勧奨用はがき(確認申請がなされるとそれまでの登録証明書が新しいものと交換されることになっているので、確認申請手続は登録証明書の切替交付手続とも言われる。)による通知を行っている。この通知は手続を失念することにより右外国人が不利益を被らないようにとの趣旨で被告宇和島市長が行っている行政サービスであり、右通知を受けたことによってその受けた者の地位に変動を及ぼすものではないから、かりに右通知が外国人登録原票に登録すべき者ではない者になされたとしても、その者が申請する義務がないことに変わりはない。
3 原告が昭和四四年一二月二五日及び昭和六〇年七月九日の二度にわたり松山地方法務局宇和島支局に自己の国籍を朝鮮とした帰化申請書を提出していることを、前記2記載の原告が繰り返し行ってきた外国人登録原票への登録及び登録事項の確認の各申請と併せて考えると、原告はその当時自己が朝鮮国籍を有する外国人であるとの認識を有していたものである。したがって、原告が外国人登録原票に登録されてきたことは、原告の意欲していたことではあっても、自己の意に反することではなかったのであるから、そのことにより原告が精神的苦痛を被ったということはいえないものである。
五 原告の再反論
(請求原因の反論に対する再反論)
原告は、昭和二三年五月二一日被告宇和島市長に丙太郎との婚姻を届け出し、被告宇和島市長が津島町長に右届け出を送付したため、津島町長により原告の父母の戸籍から丙太郎の本籍地である朝鮮慶尚北道《番地省略》における新戸籍編製を理由として除籍され、戸籍上も外国人として処遇されてきたので、その当然の結果として外国人登録原票への登録及び登録事項の確認の各申請を法令上義務づけられてきたものである(旧外国人登録令四条、七条、八条、外国人登録法三条、八条、九条、一一条等)。そこで、原告は、昭和四九年、五二年、五五年、六〇年の各切替年度(第一〇ないし一四)において、やむを得ず外国人登録原票の登録事項の確認の申請(外国人登録証明書の切替)を行い、被告宇和島市長も何らの異議も留めずにこれを受理した。他方、原告が昭和四五年及び昭和六〇年松山地方法務局宇和島支局長に対し日本国への帰化申請を行ったところ、同支局長は原告と丙太郎との婚姻が無効であるから帰化をする必要はないとの立場をとった。したがって、原告は、被告らの右矛盾した態度から外国人と判断される可能性も考えて外国人登録をしていたものである。
切替勧奨用はがきの文面は、名宛人に確認申請義務があることを告知し、これを行うことを命令するものであって、これを受領した者はいかなる者も右義務を命ずるものと受け取ることが当然である。
第三証拠《省略》
理由
一 争いのない事実
請求原因1、同3(一)及び同4(二)の各事実、被告宇和島市長が原告主張の外国人登録原票の登録をしたこと、原告が外国人登録原票に登録及び登録事項の確認の各申請並びに外国人登録証明書の携帯をすべき義務がないこと並びに被告宇和島市長が被告国の機関委託事務として外国人登録事務を行っていたことはいずれも当事者間に争いがない。
二 事実の経過
前記一記載の争いのない事実、《証拠省略》によれば以下の事実が認められ、これに反する証拠はない。
1 原告は、大正一二年六月二八日甲野松太郎と甲野マツの次女として出生した。原告の本籍は、丙太郎と婚姻するまでは愛媛県北宇和郡《番地省略》であった。
2 丙太郎は、明治四四年二月八日乙山竹夫こと乙竹夫(竹夫)と乙山梅子こと乙梅子(梅子)の次男として朝鮮で出生した。竹夫及び梅子は、朝鮮で出生し、本籍を朝鮮慶尚北道《番地省略》に置いており、丙太郎も本籍を同所同番地に置いていた。丙太郎は、昭和七年一二月二〇日乙山春枝(春枝)と結婚し(婚姻届出の日は不明)、五人の子をもうけたが、昭和二一年三月二〇日ころから別居するようになった。そして、丙太郎は、昭和二三年一一月六日春枝と調停により離婚し、同月二七日被告宇和島市長に対し、右離婚を届け出した。
3 原告は、昭和二〇年一二月ころ丙太郎と知り合い、昭和二一年四月三日丙太郎と結婚式を挙げ、同二二年九月一九日丙太郎との間で長女乙山秋子をもうけた。
そして、原告は、昭和二三年五月二一日、被告宇和島市長に対し、丙太郎との婚姻を届け出た。その際、原告らは、婚姻後は夫の氏を夫婦の称すべき氏とし、新本籍を朝鮮慶尚北道《番地省略》に置くこととした。なお、丙太郎は、その際前婚が昭和二二年二月一一日解消したとしていた。
宇和島市長は、右婚姻届を受け付け、同二三年五月二五日原告の本籍地である北宇和郡《番地省略》に送付し、原告は朝鮮慶尚北道《番地省略》に新戸籍編製を理由に右本籍地の戸籍から除籍された。
4 原告と丙太郎とは、右婚姻後宇和島市に居住し、昭和二四年一〇月一五日には長男乙山一郎をもうけ、古物商や小型鋼船のチャーターなどを行って生活していた。
原告は、丙太郎との婚姻により韓国籍となったものと思い、外国人登録原票への登録申請手続きを行った。原告及びその子らは、日本国への帰化を希望していたが、丙太郎が同意をしなかったために帰化できないでいたが、丙太郎が昭和四四年二月三日死亡したことから、原告らは、昭和四五年松山地方法務局宇和島支局長に対し日本国への帰化申請をしたところ、同支局長から、原告と丙太郎との婚姻が重婚により無効であるから原告が日本国籍を有するので、帰化する必要はなく、帰化申請を取り下げるように言われ、右説明を納得できなかったが、右申請を取り下げた。原告は、昭和四六年宇和島市長から外国人登録原票の登録事項の確認申請を行うように通知を受けたことから、やはり原告が日本国籍を有さず、外国人登録原票への登録の必要があるものと考え、右確認を行い、被告宇和島市長から外国人登録証明書の交付を受けた。原告は、その後、昭和四九年、五二年、五五年にそれぞれ宇和島市長から右と同趣旨の通知を受け、それぞれその年(五五年は九月四日)に被告宇和島市長に対し外国人登録原票の登録事項の確認申請を行い、被告宇和島市長から外国人登録証明書の交付を受けた(登録番号は五二年が⑫第七一〇九五四号、五五年が⑬第六九一四〇六号)。
5 原告は、昭和六〇年七月再度松山地方法務局宇和島支局長に対し帰化の申請をしたところ、同支局長から以前と同様の説明を受けて帰化申請の取下げを求められ(さらに戸籍の訂正手続きを行うことも求められた。)、右説明を納得できなかったが、やはり申請を取り下げた。そして、原告は、婚姻無効による戸籍の訂正手続きを行なわずに、被告宇和島市長からの切替勧奨用はがきを受取る前である同年八月五日被告宇和島市長に対し外国人登録原票の登録事項の確認申請を行い、被告宇和島市長から外国人登録証明書の交付を受けた(登録番号は⑭第七三五九七九四号)。原告は、昭和六二年一一月一四日付け書面により北宇和郡津島町長から、丙太郎との婚姻が重婚により無効であるにもかかわらず、戸籍上婚姻除籍の不法な記載があるので、その訂正手続きを採るようにとの通知を受けた。原告が婚姻無効を納得できないため右手続きを採らないでいたところ、同年一二月一日付け書面により北宇和郡津島町長から再度同月一六日までに右訂正手続きを採るように、もし右期日までに右手続きの申請がないときは松山地方法務局宇和島支局長の許可を得て戸籍の訂正を行うとの通知を受けた。原告がやはり右手続きを採らないでいたところ、昭和六三年一月二二日右許可を受けて原告と丙太郎との婚姻無効を理由に、右婚姻による新戸籍編製を理由に除籍された旨の原告の婚姻の記載が消除され、北宇和郡《番地省略》に原告の戸籍が回復された。そして、同月二五日被告宇和島市長によって原告の外国人登録原票の登録無効措置が採られ、原告は同日付けで被告宇和島市長から被告宇和島市市民課外国人登録係に原告の外国人登録証明書を返納するように通知を受けた。
6 原告は、昭和六三年四月五日松山地方裁判所宇和島支部に対し、検察官を被告として丙太郎との婚姻が有効であることの確認を求めて訴えを提起した。松山地方裁判所宇和島支部は、平成元年一二月五日原告と丙太郎との婚姻が有効であることを確認する原告勝訴の判決を言い渡した。被告は右判決に対し控訴し、右訴訟は現在控訴審に係属している。
三 国籍確認の請求について
原告は、被告国に対し、原告が日本国籍を有することの確認を求める。被告国は、これに対し原告が日本国籍を有することを認めているので、右請求は確認の利益を欠くものであると主張する。そこで、以下右請求が確認の利益を有するか否かについて検討する。
右請求は、「公法上の法律関係に関する訴訟」(行政事件訴訟法四条後段、いわゆる実質的当事者訴訟)にあたるから、行政件訴訟である(同法二条)。そして、同法には、実質的当事者訴訟の確認の利益についての規定がないので、民事訴訟の確認の利益についての例によることになる(同法七条)。民事訴訟において、確認の利益とは、原告に即時に確認を求める利益があること、すなわち原告が被告との間で争いのある権利関係を確定させることが必要かつ適切であることである。そして、そのような確認の利益は、原告の権利又は法律的地位に現に危険又は不安が存し、それを除去解消させるために、一定の権利又は法律関係の存否について確認判決をえることが必要かつ適切である場合に認められる。ところで、右請求について考えてみるに、前記一のとおり被告国は原告の日本国籍を認めており、また前記二記載のとおり被告の戸籍も回復されていることなどを考慮するならば、原告が日本国籍を有することに対して被告国が不安や危険を与えているとはいえず、原告が日本国籍を有するか否かを被告国との間で判決により即時に確認する必要があるとは認められない。したがって、右請求は、確認の利益がなく、不適法なものと解するのが相当である。
なお、原告は、被告国が原告の日本国籍を認めているのは原告と丙太郎との婚姻が無効であることを理由としているが、右婚姻は有効であり、そのことが判決により確定されると被告国が原告の日本国籍を認めなくなるから、右請求の確認の利益があると主張する。被告国が原告と丙太郎との婚姻が無効であることを前提として原告の日本国籍を認めていることは原告の主張どおりであり、また前記二記載のとおり松山地方裁判所宇和島支部において原告と丙太郎との婚姻を有効とする判決が言い渡されている。しかし、右事件の被告が右判決に対し控訴をしたため、右事件において原告と丙太郎との婚姻を有効とする判決が確定するか否かは現時点においては不明であり、かりにそのような判決が確定したとしても、原告も主張するように、そのことの故をもって、一旦取得した原告の日本国籍を喪失させる原因とはなし難く、被告国が原告の日本国籍を争うとは考えられない。したがって、原告と被告国との間で、原告の日本国籍に対し現に危険又は不安が存し、判決により即時に原告の日本国籍を確認する必要があるとは認められず、原告の右主張は採用しえない。
四 外国人登録原票への登録の無効確認の請求について
原告は、被告宇和島市長に対し、被告宇和島市長がした原告に係る外国人登録原票への登録の無効の確認を求める。被告宇和島市長は、これに対し右登録が行政処分には当たらないこと及びすでに右登録を無効としていることを理由として右請求が不適法であると主張する。そこで、以下この点について検討する。
右請求は、「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為の効力の有無の確認を求める訴訟」(行政事件訴訟法三条四項)であるから、無効等確認訴えにあたるものと解される。そして、「無効等確認訴えは、当該処分に続く処分により損害を受けるおそれのある者その他当該処分の無効等の確認を求めるにつき法律上の利益を有する者に限り、提起することができる」(同法三六条前文)。ところで、前記二認定のとおり被告宇和島市長は、昭和六三年一月二五日外国人登録原票への右登録を無効とする措置を行っているのであるから、原告は右登録に続く処分により損害を受けるおそれのある者とは言えないし、その他の右登録の無効等の確認を求めるにつき法律上の利益を有する者ともいえない。したがって、右請求は不適法である。
五 国家賠償の請求について
1 本案前の抗弁について
原告は、被告宇和島市及び被告国に対し、前記国籍確認及び外国人登録原票への登録の無効確認の各請求の関連請求としてそれぞれ行政事件訴訟法一七条及び一九条一項により原始的及び追加的に国家賠償の請求を求める。被告宇和島市及び被告国は、これに対し右関連請求の基礎となる訴えがいずれも不適法であるので、右各国家賠償請求もいずれも不適法となると主張する。そこで、以下この点について検討する。
行政事件訴訟法が取消訴訟(これを準用する無効等確認訴訟及び当事者訴訟も含む。)につきこれに関連する請求の併合を認めた趣旨は、処分の取消請求に関係のある請求を併合することによって審理の重複及び裁判の矛盾ないし抵触を避け、同一処分に関する紛争を一挙に解決するとともに、他方、請求の併合を右の目的に役立つ限度に止め、それ以上の併合を抑制することによって審理の複雑化を防止し、取消訴訟の迅速な審理裁判を図ろうということにある。そして、右趣旨から直ちに、併合の基礎となる訴えが不適法であるために却下されるべきである場合において、関連請求自体をまた却下しなければならないものとはいえない。むしろ、原告の利益及び訴訟経済を考慮するならば、右のような場合であっても、関連請求が独立の訴訟要件を備えているかぎり適法な訴えとして扱うのが相当である。
なお、被告国及び被告宇和島市は、最高裁判所昭和五九年三月二九日第一小法廷判決を引用して、関連請求が取消訴訟と同一の訴訟手続内で審判されることを前提とし、専らかかる併合審判を受けることを目的としてなされたものと認められる場合には、直ちに右関連請求に係る訴えを不適法として却下すべきであり、右各国家賠償の請求は、右国籍確認及び外国人登録原票への登録の無効確認の各請求と同一の訴訟手続内で審判されることを前提とし、專らかかる併合審判を受けることを目的として併合提起されたものであるから、却下すべきであると主張する。
しかし、右最高裁判所の判決は、上告人が提起した関連請求に係る訴えがそもそも行政事件訴訟法一三条に規定する関連請求に当たらない事案であり、関連請求の基礎となる訴えが不適法である本件事案とは異なるから、右最高裁判所の判決は本件には適用されないというべきである。また、かりに右最高裁判所の判決が本件にも適用されるとしても、関連請求である右各国家賠償の請求は民事訴訟であるのに対し、併合の基礎である国籍確認及び外国人登録原票への登録の無効確認の各請求のいずれも行政事件訴訟であること、原告が被告宇和島市及び被告国の右主張を争っていることから、右国籍確認及び外国人登録原票への登録の無効確認の各請求がいずれも不適法であったとしても、右各国家賠償請求の審理及び判断を求めていると解されることなどから、本件は関連請求が取消訴訟と同一の訴訟手続内で審判されることを前提とし、専らかかる併合審判を受けることを目的としてなされたものと認められる場合には当たらないというべきである。
したがって、いずれにしても被告国及び被告宇和島市の主張は採用しえない。
2 本案について
原告は、被告宇和島市長が原告に対し昭和二三年五月二五日以降約四〇年間にわたって外国人登録法(昭和二七年四月二七日以前は外国人登録令)に基づき本来すべき義務のない外国人登録原票への登録及び登録事項の確認の各申請をさせ、また外国人登録証明書を携帯させるなど違法に精神的苦痛を被らせたと主張し、被告宇和島市及び被告国はこれを否認する。そこで、以下この点について検討する。
前記認定のとおり、原告は昭和二三年五月二一日丙太郎との婚姻により韓国籍となったものと思って外国人登録原票への登録申請手続きを行っていること、原告は右外国人登録原票への登録後昭和六〇年八月五日まで約一三回にわたり右登録原票の記載事項の確認申請手続きを行ってきたこと、原告は昭和四五年及び昭和六〇年七月の二度にわたり松山地方法務局宇和島支局長に対し日本国への帰化申請を行っていることなどの事実を総合考慮すれば、被告宇和島市長が原告に対し外国人登録原票への登録及び登録事項の確認の各申請をさせ、また外国人登録証明書を携帯させるなど違法に精神的苦痛を被らせたとまでは認められないというべきである。
なお、原告は、原告と丙太郎との右婚姻の届出により原告の戸籍が除籍され、戸籍上も外国人として処遇されてきたので、その当然の結果として外国人登録原票への登録及びその確認の申請を法令上義務づけられてきたものであり、原告はやむを得ず外国人登録原票の確認を行ってきたものであると主張する。しかし、外国人登録原票への登録、外国人登録証明書の交付の申請、右登録原票の記載事項の確認及び外国人登録証明書の切替交付の各申請手続きは、外国人登録法三条及び一一条(外国人登録令四条及び八条の二)の各文言によれば、外国人にのみ行う義務があり、たとえ日本国の戸籍から除籍されているとしても、日本国籍を有する者が右義務を負わないことは明らかというべきである。したがって、原告が戸籍から除籍されたためにやむを得ず右手続きを行ってきたとの主張は採用しえない。また、原告は、被告宇和島市長が原告からの右申請手続きを何らの異議も留めずにこれを受理しながら、他方松山地方法務局宇和島支局長が昭和四五年及び昭和六〇年に原告からの日本国への帰化申請に対し、原告が日本国籍を有するので日本国への帰化申請をする必要はないとして、右申請を取り下げさせるという、矛盾した態度を採ったので、被告らから外国人と判断される可能性も考えて、外国人登録原票の記載事項の確認及び外国人登録証明書の切替交付の各申請手続きをしていたものであると主張する。しかし、前記認定のとおり、原告は自己が韓国籍を有する者であり、日本国籍を有しないと考えていたのであり、それだからこそ、一度は松山地方法務局宇和島支局長からの帰化申請取下げの申入れを受入れながら、その後もう一度右帰化申請を行い、また外国人登録原票の記載事項の確認及び外国人登録証明書の切替交付の各申請手続きを採っていたものである。したがって、被告宇和島市長と松山地方法務局宇和島支局長との右取扱いから被告らによって外国人と判断される可能性も考えて外国人登録原票の記載事項の確認及び外国人登録証明書の切替交付の各申請手続きをしていたとの原告の主張は採用しえない。さらに、原告は、被告宇和島市長が外国人登録原票の記載事項の確認すべき時期の直前に原告に対し送付してきた切替勧奨用はがきの文面によれば、右はがきは名宛人に確認申請義務があることを告知しこれを行うことを命令するものであって、これを受領した者はいかなる者も右義務を命ずるものと受け取るのは当然であると主張する。しかし、原告が昭和六〇年八月五日に行った外国人登録原票の記載事項の確認申請手続きは、右切替勧奨用はがきが送付されてくる前に行ったものであり、しかも右手続きを行う直前には松山地方法務局宇和島支局長から前記申入れを受けていたことなどから考えて、原告が被告宇和島市長から送付されてきた右切替勧奨用はがきによって右確認申請手続きを行ったとは認められないから、右切替勧奨用はがきの記載をもって被告宇和島市長が原告に対し外国人登録申請をさせ、また外国人登録証明書を携帯させるなど違法に精神的苦痛を被らせたとまでは認められない。したがって、原告の右主張も採用しえない。
六 よって、その余の点について判断するまでもなく、原告が被告国に対し原告の日本国籍の確認を求める請求及び原告が被告宇和島市長に対し外国人登録原票への登録の無効確認を求める請求はいずれも不適法であるからこれらを却下し、原告が被告国及び被告宇和島市に対しそれぞれ国家賠償を求める請求はいずれも理由がないからこれらを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 八束和廣 裁判官 細井正弘 牧賢二)